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東京高等裁判所 昭和29年(う)2979号 判決

控訴人 被告人 鈴木恭一 外一名

弁護人 中村登音夫 外一名

原審検察官 田中万一

検察官 磯山利雄

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は検事田中万一名義の控訴趣意書及び弁護人中村登音夫ならびに同山田義夫提出の各控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴趣意に対する答弁は中村弁護人提出の答弁書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

第一、検察官の控訴趣意ならびにこれに対する中村弁護人の答弁について

記録を調査すると原判決は本件公訴事実の内、被告人両名が共謀の上、各原判示日時頃西村啓造または岸要に対し寄附金を要求し、かつ同人等からそれぞれ金二十二万円づつを受領したという事実につき、所論摘録のような理由に基き、右は被告人鈴木恭一の立候補届出前もしくは投票終了後の行為であるから昭和二四年九月一九日人事院規則一四-七(以下単に人事院規則と略称する)第五項第一号に違反しないと判示して無罪の言渡をしたことが認められる。所論は右人事院規則にいわゆる「特定の候補者」とはひとり立候補届出をした者に限らず、未だその届出をしないでも、立候補の決意を有している者を含むのは勿論、かつて候補者であつた者までも包含するから、その者のために寄附金を要求し、もしくは受領した時期が立候補届出前或いは選挙終了後であつても、前掲人事院規則に違反するにかかわらず、原判決がこれを無罪としたのは法令の適用を誤つたものであると主張する。そこでまず立候補届出前の行為について考えてみると、人事院規則一四-七(政治的行為)第五項第一号にいう「特定の候補者」とは「法令の規定に基く立候補届出または推薦届出により候補者としての地位を有するに至つた特定人」を指称するものと解すべきであつて、「立候補しようとする特定人」を含まないことは、既に最高裁判所判例(昭和三〇年三月一日第三小法廷、判例集九巻三号三八一頁以下)の存するところであるから、未だ立候補届出をしていない者のために寄附金を要求する行為が同条項にいう「特定の候補者を支持し」たことにならないことは論をまたないところである。次に選挙終了後の寄附金受領行為についてみると、公職選挙における「候補者」たる資格は投票の終了によつて喪失するものであるから、右規則にいわゆる「特定の候補者」という中に「候補者たりし者」まで包含するものと解することは文理上無理である。してみれば、選挙終了後候補者たりし者のために、前記人事院規則第六項第三号所定の行為をしても、同規則に違反しないと解するを相当とする。要するに右規則にいわゆる「特定の候補者」とは原判決が詳細に判示しているとおり、「立候補届出から投票終了までの特定人」を指すものと解すべきであるところ、本件事案において、寄附金を要求したのは立候補届出前であり、それを受領したのは投票終了後であることは、公訴事実自体に徴して明白であるから、原判決が所論のように判示して右事実は罪とならないと判断したのは相当である。所論は公職選挙法の規定や、旧衆議院議員選挙法に関する大審院の判例を引用して原判決の法令の解釈に誤りがあると主張しているが、所論で指摘している公職選挙法や旧衆議院議員選挙法の諸規定と本件で問題となつている国家公務員法の規定とは、両者立法の目的を異にし、その対象も同一ではないから、彼を以て此を律することは相当でない。而して原判決が無罪とした被告人等の行為が国家公務員の行為としてまことに好ましからざるものとする所論については異論がないが、さればといつて、合目的論的解釈ということを重視するあまり、刑罰法規の拡張解釈をすることは厳に慎しまねばならないから、右の見地に立脚する検察官の所論には左祖し難い。即ち原判決にはなんら法令適用の誤りは存しないから論旨は理由がない。

第二、中村弁護人(鈴木被告人関係)の控訴趣意について

一、論旨第二点について

所論は、国家公務員法第一一〇条第一項第一七号、同法第一一一条の規定を根拠として、国家公務員法違反の罪については、刑法第六五条の適用がないと主張する。けれども国家公務員法違反罪にも刑法総則の適用のあることは、刑法第八条及び国家公務員法第一条の規定に照らして明白である。所論援用にかかる国家公務員法第一一〇条第一項第一七号及び第一一一条は、国家公務員法違反罪の内、特に同条所定の行為について特別の処罰規定を設けたのであるから同条項に該当する一部の行為については、刑法第六五条の適用が排除される場合もありうるけれども、本件事案のように、国家公務員法第一一〇条第一項第一七号または同法第一一一条のいずれにも該当しない行為については、刑法第六五条の適用があるものといわなければならないから、原判決が鈴木被告人の行為に対し、刑法第六五条第一項を適用したのは相当であり原判決には所論のような法令適用の誤りは存しない。所論は独自の見解に立脚し、原判決の法令適用を非議するものであつてこれを採用することはできない。本論旨も理由がない。

二、論旨第三点について

国家公務員法第一〇二条第一項は「職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」と定め、「政治的行為」の内容を人事院規則に委任していることはまことに所論のとおりである。所論は一片の行政規定である人事院規則に右のような広汎な委任をするのは、著しく公務員の基本的人権を侵害し、憲法の精神に反するものであると主張する。よつて按ずるに、国民の基本的人権は最大の尊重を必要とすること、国家公務員の基本的人権といえどもその除外例とはならないことは論をまたないところではあるが、人類の共同生活を否定しない限り、個人の基本的人権も公共の福祉のために必要の限度においては制限を受けなければならないこと、国家公務員は全体の奉仕者たる特殊性から、その個人たる基本的人権は一般の国民のそれ以上に制約を受けるべき性格を帯びていることもまた多言を要しないところである。しかしながら、公共の福祉のためとはいえ、個人の基本的人権を制限することは重大なことがらであるから、その制限は、憲法に特別の明文のない限り、国家最高の機関である国会の意思表示たる法律、もしくはその委任を受けた命令によつてなさなければならないものと解すべく、これはその対象たる個人が国家公務員である場合でもまた同様に解すべきものであることはことがらの性質上当然といわねばならない。而して法律によつて基本的人権を制限する場合はともかく、法律の委任による命令によつて制限する場合において、特に注意しなければならないのは、法律の授権の仕方である。その授権の仕方があまりに広汎に過ぎると、基礎たる法律はいわゆる「枠の法律」となり終り、国会の立法権の放棄という結果を招来するから、委任事項の性質や、委任すべき機関の性格、その国家組織における地位などから勘案して、授権の仕方が不相当であるときはその授権法規自体が憲法に違反するものと断定すべきであるが、所論は本件国家公務員法第一〇二条第一項の授権の仕方はまさに右に該当する違憲の規定であると主張するのである。そこで

(一)まず同条項の委任事項の内容が適当であるかどうかについて検討すると、国家公務員法第一〇二条第一項は、その前段において、「職員は政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、もしくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与してはならない」と制限せらるべき政治的行為の内容を具体的に例示した上、これに続いて「選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」としている。このことは右法条が国家公務員の政治的行為は一切禁止する趣旨ではないという点に、大きな意義の存することは勿論であるが、それと同時に、人事院規則に委任される事項の範囲、即ち人事院規則で定めうべき政治的行為は右に例示的に定められた程度或いはそれ以下の事項に限定されることを明らかにしたものと解せられるのである。換言すれば、国家公務員法第一〇二条第一項が人事院規則に委任した「政治的行為」は無制限ではなく、そこには一定の限界の存することが認められるが、その程度の限界の定め方は、全体の奉仕者である国家公務員がその中立性を維持する上からいつてまことにやむを得ない制限であるといわざるをえないから、その授権の方法は委任事項に関する限り適当であるというべく、問題はむしろこれに基いて定められた人事院規則が右授権の範囲を逸脱したかどうかという点にかかつているというべきである。そこで右の委任命令である人事院規則一四-七をみると、それは裁判所法第五二条第一号のような抽象的規定を置かず、特定の「政治的目的」と特定の「政治的行為」とをそれぞれ列挙して、これらの「政治的目的」をもつて、これらの「政治的行為」をすることを禁止または制限することを原則とし、その運用上の弊害を防止しようと配慮していることが認められるが、同規則に列挙された「政治的目的」と「政治的行為」を禁止することは国家公務員の中立性を保持し、公共の福祉を満足するに最小限のものと認められるから、同規則の規定内容はいずれも国家公務員法第一〇二条第一項の精神に合致し、毫もその授権の範囲を逸脱していないと認められるのである。

(二)次に立法を委任された機関が適当であるかどうかという面から検討すると、授権の相手方は人事院である。人事院は内閣の所轄の下にある官庁ではあるが、一般の行政官庁と異り内閣に対して著しい独立性を有している。即ち、(1)憲法第七三条第四号が本来内閣の行政事務の一つとして規定している官吏に関する事務は包括的に人事院に委任され、内閣としてはこれに干渉する制度が認められていないこと、(2) 人事院を構成する人事官は身分保障を有し、内閣は任意にこれを罷免できない。また人事官の弾劾訴追権も国会にあり、行政機関には属しないこと、(3) 人事院は広大な委任立法権が与えられ、また人事院指令を発することができる。(4) 人事院は自からその内部機構を管理し、国家行政組織法は人事院には適用がないこと、(5) 人事院は内閣を経由せずして直接に国会に対し報告、勧告、意見の申出その他研究の成果を提出することが出来ること、(6) 人事院の経費の要求、及び応急予備円の設定に関し、国会、裁判所、会計検査院に類似した特権が認められていることなどからみて、人事院は一般の行政官庁とは著しく異つた特殊の性格をもつている機関であり、政治的意図によつて左右され難い官庁であることが明らかであるから国会がその立法権の一部を委任授権する相手方としては、人事院は通常の行政官庁よりもはるかに信頼度の高い機関であるということができる。

かようにみてくると、国家公務員法第一〇二条第一項はその委任事項の内容からいうも、また委任の相手方たる機関の面からいつても、毫も不当なところはないから、その授権の仕方は相当であるというべく、従つて同条項は憲法に違反しないのは勿論。これが罰則である同法第一一〇条第一項第一九号も違憲でないといわねばならない。従つて、原判決が原判示事実に対し右各法条を適用したのは相当であつて、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長 判事 花輪三次郎 判事 山本長次 判事 下関忠義)

検察官田中万一の控訴趣意

原判決は本件公訴事実の一部につき無罪の判断をしたが右は法令の解釈適用を誤まつた違法あり、その誤謬は明らかに判決に影響を及ぼすものであつて原判決は破棄を免れざるものと信ずる。

第一、原判決の要旨

原判決は本件公訴事実中

一、渡辺斌衡、石橋五郎に関する部分につき

被告人鈴木恭一は元電気通信省事務次官であつたが、昭和二十五年六月四日施行の参議院議員選挙に際し同年五月四日全国区より立候補の届出をなし同年六月十二日当選が確定したものであり、被告人林一郎は当時同省施設局長の職にあつたものであるが両名は同省関係の業者より被告人鈴木恭一の選挙資金として寄附を受けんことを共謀し、被告人林一郎に於いて

(一)同年四月初頃と五月中旬頃を通じて東京都港区芝三田四国町二番地なる日本電気株式会社に於て同社社長渡辺斌衡に対し同社並沖電気工業株式会社、富士電信機製造株式会社、株式会社日立製作所より合計金五十万円を右寄附金として拠出せられたい旨要求し、同年五月下旬頃同都千代田区内なる電気通信省施設局長室に於いて渡辺斌衡より前同旨の下に金五十万円を受領し

(二)同年四月上旬頃と五月中旬頃を通じて、同都江東区深川木場一丁目四番地なる藤倉電線株式会社或は前記施設局長室に於いて同社社長石橋五郎に対し右寄附金として金二十万円を拠出せられたい旨要求し同年五月中旬頃右会社に於いて石橋栄を介し石橋五郎より前同旨の下に金二十万円を受領したものである。

との事実を認定し国家公務員法第百二条、第百十条第一項第十九号、人事院規則一四-七第五項第一号(人事院規則一四-五第二項第二号)第六項第三号、刑法第六十条、第十八条、第六十五条第一項を適用し被告人両名を罰金五万円に処する旨言渡したが

二、西村啓造、岸要に関する部分については

(一)被告人林一郎は昭和二十五年四月上旬頃と七月上旬頃の二回に亘り同都千代田区丸の内二丁目八番地古河電気工業株式会社或は前記施設局長室に於いて同社社長西村啓造に対し前記の如き寄附金として金二十万円を拠出せられたい旨要求し、同年八月中旬頃右会社に於いて石橋栄を介し西村啓造の意を受けたる小泉幸久より金二十二万円を受領し

(二)被告人林一郎は同年四月上旬頃前記施設局長室に於いて住友電気工業株式会社社長岸要に対し右寄附金として金二十万円を拠出せられたい旨要求し同年八月下旬頃同都中央区銀座なる交詢社ビル内の同社東京支店に於いて石橋栄を介し岸要の意を受けたる由井敢より金二十二万円を受領し

たるものと認定し得るとしながら右行為は犯罪を構成しないとして無罪の判断をしている。

第二、原判決の無罪理由の要旨 原判決は前記西村啓造、岸要に関する部分はいづれも被告人鈴木恭一の立候補屈出前若しくは選挙終了後の行為であるから前記人事院規則に違反するものでないと判断し、その理由とするところを要約すれば次の如くになる。

一、人事院規則十四-七第五項第一号に「規則一四-五に定める公選による公職の選挙において特定の候補者を支持し又はこれに反対すること」とある「特定の候補者」とは「候補者たる特定人」の意味に解する。

二、右規則の「支持し」「反対する」ということは、その者の「当選若しくは投票を得せしめないことに影響を与えること」である。「当選若しくは投票」は立候補の届出をなした者、即ち候補者たる地位を得たものについてのみ考え得るところである。

「立候補しようとする者」については「立候補した場合においてはその当選若しくは投票を得せしめ又は得せしめないことに影響を与へる」ということで、それは「支持し」ではなく「支持しようとし」であり「反対し」ではなく「反対しようとし」である。

三、更に「選挙において」との文言は「選挙活動が開始せられた場合」をいうのであつて、その開始前のことは「選挙に関し」ていても「選挙において」ではない。

四、「立候補しようとする者」という不確定の状態にあるものと「立候補の届出をした者」すなわち公職選挙法上「候補者」たる地位の確定した者との間には質的な差異があるから、それを「支持、反対」せんとする行為にもまた質的な差異を生ずる。

五、更に「立候補しようとする特定人」とは立候補の希望を抱いているに止るものをも含むか、立候補の決意をしたが、なの届出を逡巡しているものののみをいうか、後者であるとすればその決意は表明されたことを要するかが不明である。又推薦届出による場合においては推薦をなさんとする者がその意思を決定した場合なりや、被推薦者が承諾を与えた場合なりやも不明である。

六、更に又「立候補しようとする」ということを決定する時期についても解散せられ、若しくは任期満了し、ために選挙を施行せられることが必然的となつている場合に限定する合理的根拠に乏しく結局その時期を問はないということになり裁判官に比すべき強い政治的行為の禁止制限となる。

七、公職選挙法特に第十六章において「候補者となろうとする者」と「候補者」とを区別している。

八、これを要するに検察官主張の如く「立候補しようとする者」や「推薦せられようとする者」をも第五項第一号の「候補者」に包含せしめんとすればその旨を明示するとともに、その時期をも定めて、基準を明らかにする外はないのであつて、かかる定めのない現行規則の下においては右「候補者」とは「公職選挙法第八十六条により立候補の届出のあつた者」を指称すと解すべきである。

九、次に「候補者」たる資格は立候補届出によつて取得すると共に投票の終了によつて喪失する。従つて投票後に於いて「候補者たりし者」のために為したる規則第六項第三号(政治的目的をもつて賦課金、寄附金、会費、又はその他の金品を求め若しくは受領し、又はなんらの方法をもつてするを問わずこれらの行為に関与すること)の行為は違反行為とならないと解すべきである。

かく解するときは立候補届出前に寄附金を求め選挙終了後にそれを受領した場合に違反行為とならない結果となつて、当を得ないとの感なきにあらざるもこれは「立候補しようとする者」と解しても同様である。すなわち「立候補しようとせしめんとして」「その節は寄附を受けたい」と要求する場合は違反行為とならない。

十、憲法が国民の基本的人権として政治的自由を保障しているに拘らず前記人事院規則により公務員の政治的行為を禁止制限する所以のものは、公務員は全体の奉仕者であり一部の奉仕者となり得ないという本質よりして基本的人権の大前提たる公共の福祉の要請に答えんがためである。

しかし公務員は一般的に政治行為を禁止されている裁判官と異なるから右規則の解釈は公共の福祉の要請を満足せしむるに足る限りにおいて厳格に解すべく、公務員の中立性を強調する余り目的論的拡張解釈をなし国民の一員たる公務員の基本的人権を侵すことがあつてはならない。

と判示している。

第三、然しながら原審の右見解は以下説述する通り法令の解釈を誤つたものであると信ずる

国家公務員法第百二条第一項による人事院規則十四-七第五項第一号、第六項第三号の「特定の候補者」を「支持し又はこれに反対する」とか或は「寄附金を求め若しくは受領し」という文言の解釈をなすにあたつては、国家公務員法が公務員に政治的行為を禁止した立法趣旨に則つて合目的に解釈さるべきものと考える。そもそも国家公務員法第百二条において、公務員の政治的行為を禁止、制限した所以は、原判決摘示の通り公務員は国民全体の奉仕者であつて一部の奉仕者でないという公務員の本質上その中立性を正しく維持せんがためである。ことに公務員は強大なる国家権力を背景にしこれを行使する権能を有するところから公務員に対し自由に選挙運動をなすことを許容するならば、右の特殊な立場を利用することによつて選挙の帰趨を不当に左右し得る危険があり選挙の公正を害するおそれが多分にあるので社会公共の福祉を保持せんとする観点から公務員をして一党一派に偏することなく公平誠実に国民全体に奉仕せしめるようその政治的行為を制限し「公選による公職の選挙において特定の候補者を支持し又は反対すること」を禁じたものと言うべく右の措置は公共の福祉の要請に応えたものであつて己むを得ない当然の法的措置といわなければならない。

すすんで原判決摘示の無罪理由を検討するに、

一、「特定の候補者」の意義について

右候補者を「立候補届出のあつた者」と解し立候補届出前の「立候補しようとする者」を除外したのは誤りである。(原判決と相反する札幌高等裁判所判決-最高裁判所第二小法廷係属中の昭和二十九年(あ)第四九九号被告人落合誠治外一名に対する国家公務員法違反事件の札幌高等裁判所昭和二十六年九月二十六日附及び昭和二十八年十月十七日附判決、因に前者の判決は本件被告人鈴木恭一よりその立候補届出前同人の為め選挙運動資金として金員の交付を受けた室蘭電気通信管理所長落合誠治が右鈴木の立候補届出前選挙人を饗応すべくその資金を他人に手交した事実に関するもの、後者の判決は右事件が原審差戻となり第一審を経て再び控訴審に係属した時に為されたもの)

原判決は特定の候補者を「支持し」「反対する」というのは、その者の当選若しくは投票に影響を与えることで、それは届出候補者についてのみ考えられることであり、「選挙において」とあるから事前運動は含まない。又届出候補者と未届の者との間に質的差異があり、その「支持、反対」せんとする行為にも同様の差異が生ずる、更に「立候補しようとする特定人」についてはその立候補の決意、その表明等の如何によつてその基準を決めがたい。更に又「立候補しようとする」ということを決定する時期について問題を生ずる。なお又公職選挙法において届出候補者と「候補者となろうとする者」とを区別していることなど諸般の理由をあげている。しかし原審の右論拠とするところは次の理由により直ちに承服し難いものがある。すなわち買収、利害誘導、事前運動等(公職選挙法第二百二十一条、第二百二十二条、第二百三十九条、旧衆議院議員選挙法第百十二条、第百十二条の二、第九十五条の二)所謂選挙の公明を害する性質の選挙違反の成立時期につき選挙期日の公示又は告示或は立候補の届出の前後、立候補決意の有無等を問わない旨の判例(大審院昭和九年五月二十四日判決、大審院判例集第十五巻六六七頁、同院昭和十一年七月六日判決、同院判例集第十五巻九三五頁九四七頁、同院昭和十一年七月二十三日判決同院判例集第十五巻一〇七八頁)の趣旨は公務員の政治的中立性の維持を本旨とする国家公務員法においてもその解釈を異にすべき理由はないと信ずる。

更に又公職選挙法第二百二十三条(公職の候補者、当選人に対する買収、利害誘導)及び第二百二十五条(選挙の自由妨害)の規定に「公職の候補者たること」と併せて「公職の候補者となろうとする者」を明示しているけれども同種の規定である旧衆議院議員選挙法第百十三条、第百十五条につき「議員候補者と併せて議員候補者たらんとする者を明示せりと雖も、これ素より同法所定の行為の客体を制限する必要に出でたるものにして、之を援引して第百十二条に定むる罪の主体を特に議員候補者たらんとする者を除外すべき理由なきや明らかである」との判例(大審院昭和九年五月二十四日判決大審院判例集第十五巻、第六六六頁)の論旨は現行公職選挙法の場合においても異るところがない筈である。

又原審は届出候補者と「候補者たらんとする者」とは質的差異ありと説くが特定選挙における立候補の届出は原則として候補者たらんとする者が自己の意思である程度自由にその時期を選定し得るものであるから原審の言う質的差異を生ずる時期は一に候補者の意思如何にかかることになる。而して届出の有無により候補者自身の立場は確かに質的に変るけれども之を所謂実質的な選挙犯罪即ち買収、饗応、利害誘導等の事犯の面から見れば届出の前後によつて質的差異のあるべき理なく届出前の行為であつてもそれが選挙秩序を害する犯罪たることにおいて変りはない。判例がかような選挙犯罪の成立について立候補届出の前後を問わないとしていることは前叙の通りであるが公務員の政治的中立性の維持を本旨とする国家公務員法の場合も同様、特定の選挙が現実の問題として生起し一般的に選挙機運が漲り特定人が立候補の決意を表明している時若し同人をめぐつて前記買収等の選挙犯罪が発生すれば最早選挙秩序を阻害する犯罪として取締の対象となるのと同様に、公務員が右立候補の決意を表明した特定の者のために之を支持する政治的行為を行うことは、たとえそれが被支持者の立候補届出前の所為であるとしても明らかに公務員の政治的中立性を阻害し、法的には国家公務員法に違背するものと謂わなければならない。然るに之に反し若し原審の説く如く立候補届出前になされる政治的行為は法の規制する枠外の自由放任行為としてすべて容認されるというのであれば候補者たらんとする者が立候補の届出手続を故ら遅らせることによりその間の日子を有効に用いて公務員と意思を通じ広範囲に亘り公務員の組織を利用して極めて強力且つ効果的な選挙運動が行われたとしても国家公務員法上は全然犯罪を構成せざることとなり、公務員の政治的中立性に影響がないという様な極めて不合理な結論を生ずるがかようなことは決して国家公務員法の正しい解釈ではないと同時に公職選挙法の適用と対比し矛盾、撞著も甚しい。

今本件についてみるに、本件寄附金の要求がなされた当時既に被告人鈴木恭一は目前に迫つた参議院議員選挙に立候補すべく決意しその意中を外部に顕現して立候補準備中であつた〔被告人鈴木に対する検察官供述調書(記録四一二丁、四二二丁、四二七丁、四四一丁)同人の法廷供述(記録五二五丁乃至五四九丁)被告人林の法廷供述(記録四八三丁乃至四九〇丁)証人石橋栄の証言(二四三丁)〕時であるからこの事実に徴するも遠き将来の不特定の選挙に立候補せんことを考えている様な種類の「候補者たらんとする者」では断じてなく当時既に一般に選挙準備活動が行われていた最中の寄附要求であると云う現実の事態に想を致すならば形式的に右要求行為が立候補届出前の行為であつたにもせよ関係者の間では届出候補者の為にする寄附要求と何等実質上差異がないのである。従つてかような時期におけるかような行為に対しては国家公務員法の解釈適用上その立法趣旨に照し立候補届出の前後によつて違反の成否を区別すべき何等の実質的理由はないものと謂わなければならない。

二、立候補届出前に寄附金を求め選挙終了後にそれを受領した行為について原判決は立候補届出後、投票終了までの間に「求め」「受領した」のでなければ違反にならないとする。しかしこの場合も前記政治的行為禁止の趣旨及びその必要性と公共の福祉の要請等の観点から右解釈は誤といわなければならない。右受領行為は選挙期日後における行為であるから公職選挙法上の選挙運動にはあたらないとしても国家公務員法においては前記観点から選挙期日の前後によつてこれを区別すべきなんらの実質的理由も認められない。かの公職選挙法においても選挙期日後の行為をすべて放任するものではなく、選挙費用の増加、事後買収その他の弊害を防ぐため同法第百七十八条が選挙に関連して行われる選挙期日後の挨拶行為を禁止、制限しているがこの選挙秩序保持の観点から設けられている法条の精神は国家公務員法の前記立法趣旨に照しその解釈上十分考慮されなければならない。ことに本件の如く被告人等において立候補届出前に寄附金を要求し、この金を引当にして他から借金して選挙費用に充て、而して選挙期日後寄附金にて右借金を返済するという方法によつたところの「求め」「受領し」の所為(鈴木恭一、林一郎、石橋栄の原審法廷における供述((鈴木につき記録五二五丁乃至五四九丁、林につき同四八〇丁乃至五一二丁、石橋につき同二四一丁乃至二五八丁同四五四丁乃至四六〇丁))須藤守重の検事に対する供述調書の記載((記録一〇五丁乃至一一〇丁)))は実質的には原判決のいう選挙期間中の受領行為となんら差異のない効果をあげているのであつて、かような行為が放任されて差支えないという理はあり得ない。以上の通り「特定の候補者」には解釈上「立候補しようとする者」を含み「求め若しくは受領し」には立候補届出前に寄附金を求め選挙終了後にこれを受領した場合をも含むものと解釈しても決して原判決のいうような目的論的拡張解釈とはならないものと信ずる。

以上の理由により原判決中無罪の判断をした部分については法令の解釈、適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れないものと思料し控訴申立に及んだ次第である。

弁護人中村登音夫の答弁

検察官の控訴は理由ないものとして棄却ありたい。

検察官の控訴趣意の理由ないことは原判決記載の理由中、論点についての判断二項「特定の候補者の意義について」の部分を援用することにより明瞭なものと信ずる。仮に百歩を譲つて、検察官援用の札幌高等裁判所の判例に従い又公職選挙法第百十二条の判例の解釈と関聯して人事院規則十四-七第五項第一号第六項第三号に規定する「特定の候補者」の意義について右特定の候補者中には「立候補しようとする」を包含するものとしても既に選挙終了後において選挙において立候補した者をも右特定の候補者中に包含せしめ得ないことは極めて明かなところである。

而して本件において原判決が無罪と認めた部分は被告人林一郎が古河電気工業株式会社より受領した金二十二万円及住友電気工業株式会社より受領した金二十二万円に関する事実であり両者共昭和二十五年八月中、選挙終了後においてその授受が行はれたことは争のないところである右人事院規則に所謂特定の候補者を支持するとは特定の候補者が投票若しくは当選を得ることに影響を与へる行為を指称するものであると信じるが然りとすれば右金円の受領が本件においては被告人鈴木恭一の選挙運動中における運動費捻出のための借入金の弁済のためという点において間接的に鈴木の選挙運動との連関性があるとしても既に終了した選挙について最早何等の影響を与へることにならないことは自明の処であつて、このことは前述既に候補者たる身分を失つたものが特定の候補者とはいへないという点とも関連して到底有責の行為とはなり得ないものである検察官が右受領の点を有罪としながら受領した金額の有罪事実は故さら金三十万円(事実は原判決認定の如く受領した金額は合計金四十四万円である)と減縮して主張していることはその理論構成の誤謬を露呈している証左である(原判決の認定する金二十万円宛を要求し金二十二万円宛を受領した点を有罪に認定しようとすれば訴因の変更を必要としよう)。

唯原判決は右二個の寄附に関し被告人林一郎が前者古河電気工業には三月上旬社長西村啓造に対し後者住友電気工業には四月上旬社長岸要に対し夫々選挙告示前に金二十万円宛を要求したとの事実を認定しておるので若し特定の候補者の意義が立候補しようとする者をも包含するとなれば此の要求の点において有責の行為たるを免れないとの疑が生じるがこの点に関する原判決の右認定は誤つている。前者の寄附について証人西村啓造は原審公判廷において選挙前において被告人林から金銭の要求を受けた記憶はないと供述し、又後者の寄附については証人岸要は原審公判廷において、選挙前に通産省に行き被告人林に挨拶をしたときに林から鈴木氏の選挙についてお願があるがいづれと云うたような軽い応援の依頼があつたと記憶するが具体的に金銭の要求を受けたことはないと供述しておるのであり、之等の点に干する被告人林一郎の公判廷における供述(第十四回公判調書の記載)も極めて曖昧であつて要するに記憶は正確ではないが選挙前である昭和二十五年四月頃において業者から百万円程度の寄附を得られる自信がついて被告人鈴木に其の旨伝へたので当時右両社長にも寄附の依頼をしたものと推量せざるを得ないと云う趣旨に帰着するのであつて多分に理屈によつて記憶をつくり上げている嫌があり直ちに措信するに値しない(被告人林の供述は理屈から記憶を作り上げている形跡の存することは弁護人提出の控訴趣意書第一点に詳述するところを参照)之を要するに之等の供述から誤りなく認定できる最大限の事実は被告人林が当時西村社長及び岸社長に対し寄附の意こうの有無を打診し大体自己の予定していた程度の寄附金を得られるであろうという見透しに立つて他の分と合せて百万円程度の寄附間違いなしと考へたという事実であつて右事実から直ちに原判決が認めるように選挙前の三月中及び四月中において右両会社に対し寄附を要求した事実ありと認定することは早計の謗を免れない、従つて右両社に関する部分につき証拠により明確に認定できる点は昭和二十五年八月中において寄附金を依頼し合計金四十二万円を受領した事実を認定し得るのであつて何れにしても選挙終了後の問題であるから検察官の主張するところにより仮に特定の候補者の意義において原判決の解釈に誤があつたとしても結局右各事実は無罪たることには変りはなく何等判決に影響を及ぼすものではないので検察官の主張は理由のないことに帰着するものである。

弁護人中村登音夫の控訴趣意

第二点原判決は左の理由により法令の解釈を誤まり適用した不法がある。

原判決は前示の如く被告人鈴木の行為に対し刑法第六十五条第一項の身分なき者の身分ある者に対する加功として刑責を問うておるが之は誤謬である。国家公務員法(以下単に法という)は法第一一〇条第一項第十七号において「何人たるを問わず第九八条第五項前段に規定する違法な行為を共謀しそそのかし若くはあおり又はこれらの行為を企てた者」と規定し第一一一条において「第一〇九条第二号より第四号まで及び第十二号又は第一一〇条第一項第十六号まで第十八号及び第二十号に掲げる行為を企て、命じ故意にこれを容認し、そそのかし又はそのほう助をなした者はそれぞれ各本条の刑に処する」とそれぞれ規定し刑法第六十五条第一項の規定に該当する身分なき者の加功者の処罰規定を或種の違反行為に限り具体的にその処罰範囲を拡大する規定を特設している、かかる特設規定を設けた所以は之等規定に該当する行為者に対しては処罰を重化する反面右特設規定により定められた以外の違反行為については刑法第六十五条第一項の規定の適用を排除せんとする法意と見るのを相当としている、蓋し法はこれにより法の目的とする国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準の確立(法第一条第一項)に必要且つ十分な保障と考へているものとなすべきである(法第一条第二項の規定はかかる罰則の枠の拡大を許容する法の意図を示すが原判決に謂うが如き刑法第六十五条第一項の適用が排除せらるるとなす弁護人の見解に相反するものではないと考へる)而して本件において適用すべき法条である法第一〇二条第一項の政治的行為の制限違反に対する罰則法第一一〇条第一項第十九号は右法第一一一条の規定からは特に除外されているのであるから本条違反には身分なき加功者に対する刑法の規定は適用ないものと解するのを相当とするのである果して然りとすれば原判決は本件に適用すべからざる刑法第六十五条第一項の規定を適用し被告人鈴木を有罪と認めた誤謬を犯したものであつて明かに破棄を免れない。

第三点原判決は国家公務員法第一〇二条第一項の規定が憲法に違背する違憲の規定であることを看過した不法の判決である。

右法第一〇二条第一項は公務員の政治的行為を制限する規定である然しすべて国民は法の前に平等であつて政治的関係において差別されない基本的人権を享有することは憲法第一四条の明定するところであるこの基本的人権については憲法を犯すことのできない永久の権利として保障している(憲法第一一条第九七条)而してこの基本的人権は「公共の福祉」に反する限りにおいて制限は受けるが右の制限は法律の制定を待つて初めてこれをなし得るものであつて一片の行政的規定を以て之を定めることは憲法の精神に反し違憲である法第一〇二条第一項は「職員は政党又は政治的目的のために寄附金その他の利益を求め若しくは受領し又は何らの方法を以てするを問はずこれ等の行為に関与しあるいは選挙権の行使を除く外人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」と規定しているが右規定においては右後段の「人事院規則で定める政治的行為をしてはならない」との文句は本条本項全体にかかり本項に定める政治的行為の制限は専ら人事院規則一四-七に委ねられているものと一般に理解されており原判決亦この見解に立つていることは判文上明かである然りとすれば右規定は国家公務員の基本的人権たる政治的自由の制限を一片の行政命令たる人事院規則に委ねる結果となり違憲の規定と謂はねばならない論者或は謂はん人事院規則一四-七は法第一〇二条第一項の授権によつて委任命令たる性質を具有し違憲ではないと、然し制限の具体的内容を一切行政命令に譲るというが如き広大なる範囲の白紙授権は到底許容することはできないかかる事を許容することは結局基本的人権を犯すことなき永久の権利と定めた憲法の規定を蹂躙することとなるのであつて法第一〇二条第一項の規定の違憲のものであること従つてこの違反を処罰する法第一一〇条第一項第十九号の規定が違憲のものであり適用すべからざる規定であることは極めて明瞭である。原判決は原審におけるこの点に関する弁護人の主張に対してかかる公務員の政治的自由を制限することは公務員が国民全体の奉仕者であり一部の奉仕者とはなり得ないという本質よりして基本的人権の大前提たる公共の福祉の要請に応へんためであると前提し前示人事院規則一四-七の規定内容が右公共の福祉の要請を満足すべき最少限のものであるから違憲ではないと説示し弁護人の主張を排斥しているのである然しながら右原判決の説示は全く弁護人の主張を誤解したものか或は敢て顧みて他を云つたものと謂はねばならない。弁護人は決して公務員の政治的自由が公共の福祉の要請のために制限されることの合憲であることを否認したのでもなければ又人事院規則一四-七の内容が不当に公務員の政治的自由の基本的人権を侵すものと非難したものでもない弁護人の主張は基本的人権の制限を一片の行政命令に白紙授権したことが違憲であると主張するものであつてこの事は現実の行政命令たる人事院規則の内容が不法なりや否やとには拘はりないものであることは多く言うを待たないところと信じる。

結局原判決は右法第一〇二条第一項の規定の違憲なることの判断を誤つた不法があり破棄を免れないものと信じるものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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